たまらなく孤独で熱い街 山田正紀(著)大都会の片隅に生きる青年の孤独な魂をミステリアスに描く

徳間文庫 320円 1984年10月15日初版発行(昭和59年)

街は毒々しく猥雑でとりとめなくあまりに騒がしい。スモッグがネオンを反射して、天国に迎える前に死者の霊魂を清める。
煉獄の炎のゆらめきを私に連想させるのだ。新しい秩序とかたちを街に取り戻さなければならない。それが私の使命ではないか。
ある日曜日の早朝、横浜山下公園で女子大生の死体が発見された。それが悪夢の始まりだった。大都会の片隅に生きる青年の孤独な魂をミステリアスに描く長編力作。

目次
第一章 淋しいといってくれ
第ニ章 電話をかけるから
第三章 夜にはおまえを思いだす
第四章 一人ぼっちの4人

感想

2007年12月30日
この本を分類すれば何に属するのか? 異色のドラマであることに違いない。読み終えて変な余韻を残す1冊である。その余韻が不快であるのでもなければ痛快でもない。哲学的でもある、軽率的。
孤独”人は自ら望んで孤独を選択することはない。
孤独に耐えることの本当の辛さを知らないが為に孤独へと避難する。
人と関わりあうことで己を傷つけないように孤独へ逃げる。
しかし真の孤独と向き合った時に己の存在を誰かに知ってもらいたく何かを発信する。
何故ならそこに自分が生きていることの証があるから”か・・・

2019年9月18日
三木清(哲学者)の言葉に:「孤独は山になく、街にある。1人の人間にあるのではなく大勢の人間の「間」にある」という名言がある。そして「孤独」と「孤立」とは相違するのであろう。孤立は生きることが危ない状態に置かれていることでもある。
10年振りに読み返すことになる。前回同様の何ともいえない余韻を残す本である。「孤独」という言葉を考えさせられる一冊でもある。人は好んで孤独を愛する者はいない。何らかの部分で甘んじて孤独に苛まれているにすぎない。歳をとるにつれて孤独を受け入れざるを得ない中、どのように孤独と向き合って行けるのか。ましてこれが若い世代ならその世界は絶望的である。どんなに「孤独」が好きといってもテレビを見たり、ゲームをしたり、ネットをしてその寂しさを紛らわしているに過ぎない。この本にはあとがきがない。読み手の想像・思慮を狭めない配慮なのだろうか。
もし、また10年後にこの本を読む時があれば、間違いなく今よりも孤独になっているのは間違いないだろう。その時に私は何を思うだろうか・・・。孤立ではないことを節に望む。

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